自信と好奇心

2004年5月5日
小さい頃は、好奇心いっぱいだったなぁ。
何にでも名前があることを知ったら、いろんな事を知ろうとした。
自分で
「ここは何?」「これは何?」「あれはこれ?」「ここからはこれ?」って、いろんなところ。

それから、いろんなもの。
自分は2番目の女の子だから「次女」かぁ。
とか「いとこ」はどうしていとこなのか、
「親の兄弟の子だからかぁ、それがいとこっていうのかぁ」とか、
ありとあらゆる事に興味を持っては、頭の中でいろんなこと考えて自分で納得していった。

絵や文字を書いていて、それだけで楽しかった。
遊びはそれしか思い出せないくらい。
落書き張がすぐ終わっちゃうから、裏が何も書かれていない広告を探しては描いた。

一体何を書いていたのだろう。

ものすごく立体の絵を描くのに研究熱心だったことはよく覚えている。
小学校2年生の頃だ。
ケーキが描きたくて、すごくいろんなものをいろんな角度からみたの。冷蔵庫描くのも大好きだった。
四角い形の代表だったの。
あたしの中で。

その後いくつの時だろう。
フリッフリのフリルの立体感の描き方に気付いて、うまく描くことに熱中した。
うまく描けたら自分を褒めた。
「すてき〜!あたし天才じゃん?」ってね。

あたしはなぜか絵がうまいという子になっていて、幼稚園や小学校低学年では、見て真似をされたり、「○○の絵を描いて!」と同級生に頼まれて、「こんなのもらっても仕方なくないか?」と内心思いながらも、描いてあげていた。
あれは恥ずかしいし、いくら褒められても自信がなかったし、なによりあたしみたいなやつが描いた絵をもらって、喜べる気持ちがわからなかったのね。

今はその絵はいずこやら。

人魚とか、よく描いたっけなぁ。
人魚の足もいかに魚っぽく、リアルに描ける練習もよくしたなぁ。
パールとかちりばめてね。キラキラさせて。

あと字もよく書いてたなぁ。
ただ脈絡のない字を、書くと気持ちいいのね。
それは今も同じ。

だからたまに習字がしたくなる。
だけどすずりがないわってね。


そんなわけで、小さい頃のあたしはものすごく研究熱心だし、いろんなものに関心を持っていて、覚えようとかうまくなろうとか、向上心がものすごくあったわけよ。
何の理由もなくね。
「これを知っていたらいいんじゃない?得じゃない?」とか、
そんな邪念は一切なくさぁ。

本当にすごかった。
あたし、いろんな事を覚えようとしていたし、学んでた。
研究してた、一人で黙々と。

1人で黙々考えることは、今も変わっちゃいないけど、
考えることが変わってしまったよね。
今は、物に対することではなく、自分のくだらない真相を暴こうとしたり、見えない未来を考えすぎて、行動できなくなってたり、
くだらないことばかりだわ。
自分の奥底ばかりだわ。
人の見えないものばかりだわ。
触れようともしないいで。

小さい頃の自分を忘れちゃいけない。
もっと、物に対する好奇心を思い出したい。
言葉に対する心理とか、どうでもいいじゃない。
数ある言葉を覚えよう、もっと勉強しよう。
研究熱心になってよ。
小さい頃みたいに。
できるかもしれないじゃん?
環境のせいにしてる場合じゃないって。
だって小さい頃は、この家で、この場所で、自由にいろんなことしてたんだよ。
小さい頃は身体も小さいから、家も庭も大きく見えたかもしれないけど、その分部屋が広く使えただろうけど、今のあたしはそれを理由にしすぎてる。
そして逃げてる。

小さい頃から自分の夢や思ってることは。おおっぴらにベラベラ言うことはなく、自信もなくて人前に立つと緊張してしまうような感じだったけど、今はそれがもっとひどくなってるよ。

やっぱり自分のいうことには自信がもてないし、人の気持ちを考えないようなすぐ怒鳴ったり怒ったりする人は苦手だし、あたしどんどんダメ。

だけどそんなこと言ってちゃいけない。
また塞ぎ込みそう。

あたしは、誰にも言わないけど、自信が持てるものは、実はあるよ。
いくつかあるよ。
だけど、それが人に認めてもらえないかもって思うとこわいけど、
それをかてに、自分自身として認められるように、生きていきたいよ。

誰にも伝わらなくてもいい。

けど、自分だけはわかってるからいいや。

自分だけは、認められるからいいや。

けどそれを少しずつ、表に出していけるといいな。

出していかなくちゃいけないんだ。

あたしはその為に、そんで人と関わる為に生きてるんだ。

あいつなんて、蹴散らしてやる。

いつか。

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